神々はまず天上に生まれ、やがて地上へ降った。
それが神鳴である。
やがて雪深い地上で、神々は子供を産んだ。
地上にて初めて生まれた神、それがオキクルミだった。
彼女は、父神の雷と母神の優しき心を受け継いでいた。
オキクルミは消えぬ篝火となった母神の側で、人と共に育った。
彼女は人々から「最も人に近しい神」――アイヌラックルと呼ばれた。
オキクルミは、雷を自在に操る。
だからといって、自らが人と異なる存在だと思い上がることは無かった。
人の中には、家を建てるのが上手い者もいれば、弓を射るのが上手い者もいる。
ただ雷を上手く扱えるだけの自分を、なぜ人々は「神」と区別するのか。
成長したオキクルミは、やがてその意味を知る。
それは「荒神」との対峙の時のことであった。
天上の神々はなぜ、地上に降りたのか?
その理由は様々だが……「人を食うために降りた」者もいる。
それは雄大な獣の姿をしており、人々では手をつけられない「荒神」だった。
この地において、神とは多くの場合において脅威でしかなかったのだ。
強大なる力を持つゆえの尊敬、その奥底に淀む畏怖――
オキクルミは母神に別れを告げ、村を出た。
これ以上、この体に流れる「神の血」で人々を怯えさせないために。
獣の姿をした荒神は、雪洞に佇むオキクルミに問う。
「最も人に近しい神などと呼ばれて、喜ぶとは。
お前は、最も神から遠い神にすぎない」
くだらない。
人だ、神だ、そのような区別こそ超えるべき壁なのに……
「そのようなまがい物の神は、食うてもよかろう」
荒神は毛に覆われた巨木のような腕から、鋭い爪を剥き出しにする。
くだらない。
人だ神だと、実にくだらない。
いや、待て……
神に生まれ人の中で育てられた子……
私自身が「その壁を打ち破るために生まれた」というのなら……?
オキクルミの両腕から稲妻が一閃。
荒神は両の爪を失い、立ち尽くしていた。
神としての、格が違う――
「獣の姿をした荒神よ。
爪は無くとも牙は残っているだろう。
それで春まで食いつなぐことだ」
貴様、この私に、慈悲をかけるのか――?
「そうだ。
神の力を持っても人の情を保つ。
それが私の生に課せられた試練だ」
オキクルミは雪洞を後にする。
その歩みは、炎となった母神の待つ、人間の村へと向かっていた。
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