人魚の女王に、配下の人魚たちが問う。
「女王様、二本の足で歩くって、どのような感じでしたの?」
「女王様、声が出せなくなるって、どんなお気持ちでしたの?」
「女王様、どのようにして人魚に戻られましたの?」
「女王様のお持ちの短剣は、王子様から贈られましたの?」
人魚の女王は穏やかに微笑んで、答えない。
深い瞳の奥の、静かな哀しみと諦めに気づく者はいない。
「女王様、二本の足で歩くって、どのような感じでしたの?」
「女王様、声が出せなくなるって、どんなお気持ちでしたの?」
「女王様、どのようにして人魚に戻られましたの?」
「女王様のお持ちの短剣は、王子様から贈られましたの?」
人魚の女王は穏やかに微笑んで、答えない。
深い瞳の奥の、静かな哀しみと諦めに気づく者はいない。
身勝手な恋だった。
魔女……海底の魔術師には、さんざんに念を押された。
全てを承知したつもりで、陸に上がり、声を失い、束の間の幸福を紡いだ。
そして自らの恋が破れると知ったとき――
姉たちが自らの髪と引き替えに、魔術師の短剣を与えてくれた。
この短剣で王子の血を浴びれば、すべては元どおり。
泡となって消えることなどなく、人魚として海に帰ることができる……
「女王様、人間って、とっても素敵なんでしょう?」
回想が中断される。
かしましい人魚が、好奇心に目を輝かせている。
「……ええ。とってもね」
女王は思った。
止めても無駄だ。この子も塔を出て行くだろう。
人魚に植え付けられた好奇心。
なぜ私たちは、陸よりもずっと広い海だけでは満足できないのか。
魔女……海底の魔術師には、さんざんに念を押された。
全てを承知したつもりで、陸に上がり、声を失い、束の間の幸福を紡いだ。
そして自らの恋が破れると知ったとき――
姉たちが自らの髪と引き替えに、魔術師の短剣を与えてくれた。
この短剣で王子の血を浴びれば、すべては元どおり。
泡となって消えることなどなく、人魚として海に帰ることができる……
「女王様、人間って、とっても素敵なんでしょう?」
回想が中断される。
かしましい人魚が、好奇心に目を輝かせている。
「……ええ。とってもね」
女王は思った。
止めても無駄だ。この子も塔を出て行くだろう。
人魚に植え付けられた好奇心。
なぜ私たちは、陸よりもずっと広い海だけでは満足できないのか。
人魚の寿命は長い。
代わり映えのしない日々に見切りをつけた者から、「運命」を探しに塔を飛び出していった。
自らをもって説得は無駄だと知る人魚の女王は、ただ静かに悲劇を見守り続ける。
しかし一人だけ、いつまでたっても近海を離れない人魚がいた。
女王は一目見て、その心が外界に向いていないことがわかる。
その心は、まるで貝のように内に閉じこもっている。
「そこの人魚。あなたはなぜ、外を目指さないのですか」
「え? わ……私ですか? え……なぜって……だって私、ただの人魚だし……」
「ただの人魚は、もう少し活動的に思いますが」
「え、ええ……!? そ、そうですか!?」
貝殻帽子を深くかぶる人魚は、目に見えて狼狽えた。
「わ、私は……珊瑚の陰で、占いとかして。
流れてくるものとか、沈んでくるものとか拾って、集めて。
そこそこ楽しく生きて行けたらなあって……」
……理解しがたい。
女王は尋ねずにはいられなかった。
「そのような生き方が……そこそこ楽しい、のですか」
「は、はい……」
「……あなたは『ただの人魚』ではありません」
「えっ!?」
「『変な人魚』です」
「ええっーー!?」
代わり映えのしない日々に見切りをつけた者から、「運命」を探しに塔を飛び出していった。
自らをもって説得は無駄だと知る人魚の女王は、ただ静かに悲劇を見守り続ける。
しかし一人だけ、いつまでたっても近海を離れない人魚がいた。
女王は一目見て、その心が外界に向いていないことがわかる。
その心は、まるで貝のように内に閉じこもっている。
「そこの人魚。あなたはなぜ、外を目指さないのですか」
「え? わ……私ですか? え……なぜって……だって私、ただの人魚だし……」
「ただの人魚は、もう少し活動的に思いますが」
「え、ええ……!? そ、そうですか!?」
貝殻帽子を深くかぶる人魚は、目に見えて狼狽えた。
「わ、私は……珊瑚の陰で、占いとかして。
流れてくるものとか、沈んでくるものとか拾って、集めて。
そこそこ楽しく生きて行けたらなあって……」
……理解しがたい。
女王は尋ねずにはいられなかった。
「そのような生き方が……そこそこ楽しい、のですか」
「は、はい……」
「……あなたは『ただの人魚』ではありません」
「えっ!?」
「『変な人魚』です」
「ええっーー!?」
『変な人魚』の収集物は、やはり変だった。
普通なら魚の餌にしてしまうようなものまで、大事に取っていた。
女王は並べられた収集物の中の一つ……
ぼろぼろに古びて、紙のふやけた一冊の本を手に取る。
「あ、それは私のお気に入りなんです」
「あなたは……人間の文字が読めるのですか」
「え、あ……はい……入江とか波止場で、宝捜ししてる時に……覚えちゃいました」
「変な人魚!」
「変じゃないです! 少し変わってるだけだもん!」
「それで……これは、何という本なのですか」
「それはずばり、ふふふ。『人魚姫』です!」
なぜか誇らしげに胸を反らした変な人魚の前で、女王は固まった。
そして、その指先がかすかに震え始めた。
女王は、ページをめくることができなかった。
「あなたは……私のしたことを、知っているのですか」
変な人魚は、きょとんとして言った。
「え? それ、女王様のお話じゃないですよ。
だってそのお話の人魚姫、死んでしまいますから」
普通なら魚の餌にしてしまうようなものまで、大事に取っていた。
女王は並べられた収集物の中の一つ……
ぼろぼろに古びて、紙のふやけた一冊の本を手に取る。
「あ、それは私のお気に入りなんです」
「あなたは……人間の文字が読めるのですか」
「え、あ……はい……入江とか波止場で、宝捜ししてる時に……覚えちゃいました」
「変な人魚!」
「変じゃないです! 少し変わってるだけだもん!」
「それで……これは、何という本なのですか」
「それはずばり、ふふふ。『人魚姫』です!」
なぜか誇らしげに胸を反らした変な人魚の前で、女王は固まった。
そして、その指先がかすかに震え始めた。
女王は、ページをめくることができなかった。
「あなたは……私のしたことを、知っているのですか」
変な人魚は、きょとんとして言った。
「え? それ、女王様のお話じゃないですよ。
だってそのお話の人魚姫、死んでしまいますから」
『人魚姫』は明らかに、女王自らの過去を辿る話だった。
だが、その結末だけは「書き換えられていた」――。
恋にやぶれた人魚姫は、短剣で王子を「手にかけない」。
そのまま、本当に泡となって消えて――
だが、風の精に生まれ変わり、目に見えぬ透明な姿で王子とその妻を祝福するのだった。
そして風の精たちは元人魚姫に告げる。
「よき赤子を笑わせ、悪き赤子をしつけよ。そうするたびに、その魂は浄化され天界へと近づく」
王子さま、お姫様――わたし、天界に行けるかな――?
見えも聞こえもしないはずの風の精となった人魚姫の問い。
だが王子と王女はまるで見えているか、聞こえているかのように微笑み……物語は幕を閉じる。
変な人魚から物語を読み上げられ、女王は静かに涙していた。
遠い昔、人魚から声を失った人間となり、過ちを犯したあの時――
あの城の中にいた誰かが、書いたのだ。
不思議だ。
この本は……罪の意識に囚われた私に、どう生きればいいかを示してくれている。
身勝手に人魚を人も振り回し、命は奪わずとも王子を傷つけた私を、赦してくれている――
「このお話、とっても好きなんです。
あ、でも、ちょっと変な感じもして。
だってこの本、重石がくくりつけられてたんですよ。
まるで海底に届くように、って感じで。
『人魚姫』だからかなぁ」
一人で喋り続けていたことに気づき、変な人魚はハッとして女王を見る。
「あ、あれ……女王様?
そ、そうだ! このお話って、どうなんですか?
地上って、本当に素敵なところなんですか?」
女王は波をよそって涙を拭き、はっきりと頷いた。
「ええ、とっても。とっても素敵なところですよ」
だが、その結末だけは「書き換えられていた」――。
恋にやぶれた人魚姫は、短剣で王子を「手にかけない」。
そのまま、本当に泡となって消えて――
だが、風の精に生まれ変わり、目に見えぬ透明な姿で王子とその妻を祝福するのだった。
そして風の精たちは元人魚姫に告げる。
「よき赤子を笑わせ、悪き赤子をしつけよ。そうするたびに、その魂は浄化され天界へと近づく」
王子さま、お姫様――わたし、天界に行けるかな――?
見えも聞こえもしないはずの風の精となった人魚姫の問い。
だが王子と王女はまるで見えているか、聞こえているかのように微笑み……物語は幕を閉じる。
変な人魚から物語を読み上げられ、女王は静かに涙していた。
遠い昔、人魚から声を失った人間となり、過ちを犯したあの時――
あの城の中にいた誰かが、書いたのだ。
不思議だ。
この本は……罪の意識に囚われた私に、どう生きればいいかを示してくれている。
身勝手に人魚を人も振り回し、命は奪わずとも王子を傷つけた私を、赦してくれている――
「このお話、とっても好きなんです。
あ、でも、ちょっと変な感じもして。
だってこの本、重石がくくりつけられてたんですよ。
まるで海底に届くように、って感じで。
『人魚姫』だからかなぁ」
一人で喋り続けていたことに気づき、変な人魚はハッとして女王を見る。
「あ、あれ……女王様?
そ、そうだ! このお話って、どうなんですか?
地上って、本当に素敵なところなんですか?」
女王は波をよそって涙を拭き、はっきりと頷いた。
「ええ、とっても。とっても素敵なところですよ」
マーメイドについてはマーメイド FTを参照。
サヴァスロでのイラストは、lov1の「【魅惑】マーメイド」である。
『変な人魚』は、ハルフゥのことであろう。
また、本フレーバーの『人魚姫』は、アンデルセンの原典版が用いられている。
アンデルセンの原典版では、泡となった人魚姫は透明な風の精に生まれ変わり、
その際に泡を見て悲しむ王子を見つけ、さらにその后となった姫君の額にそっと接吻をし、王子に微笑みかける。
その後、彼女が飛びながら「私、天国に行けるかな」と風の精たちに尋ねると
「普通なら、300年風を運ばなければならない。
でも親を喜ばせて愛される子供を見つけて私たちも微笑むと務めは1年短くなり、
逆に悪い子を見て悲しみの涙が流させられると務めは1日ずつ長くなる」
と教えられ、物語は終わる。
大人の恋愛観と静かな希望に彩られているのが、アンデルセンがアンデルセンたる所以だろう。
サヴァスロでのイラストは、lov1の「【魅惑】マーメイド」である。
『変な人魚』は、ハルフゥのことであろう。
また、本フレーバーの『人魚姫』は、アンデルセンの原典版が用いられている。
アンデルセンの原典版では、泡となった人魚姫は透明な風の精に生まれ変わり、
その際に泡を見て悲しむ王子を見つけ、さらにその后となった姫君の額にそっと接吻をし、王子に微笑みかける。
その後、彼女が飛びながら「私、天国に行けるかな」と風の精たちに尋ねると
「普通なら、300年風を運ばなければならない。
でも親を喜ばせて愛される子供を見つけて私たちも微笑むと務めは1年短くなり、
逆に悪い子を見て悲しみの涙が流させられると務めは1日ずつ長くなる」
と教えられ、物語は終わる。
大人の恋愛観と静かな希望に彩られているのが、アンデルセンがアンデルセンたる所以だろう。
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